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『ドナウの旅人』by 宮本輝: 1980年代の西ヨーロッパを知る

先日こちらの本を読み終えました。宮本輝の『ドナウの旅人』。宮本輝ブームがまだ続いています。

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宮本輝は人間の本質の部分をうまくとらえて、それを文字に起こして描くのが非常に長けている作家さんだと思うのですが、今回はその人物描写に加えて、1980年代の西ヨーロッパについてとても細かく描かれており、その点においてこれまでの宮本輝作品とは異なる印象を受けました。読み応えのある、とても良い作品です。

時は1980年代。主人公は29歳の麻衣子。2年前までドイツで働いており、語学堪能で美人、聡明で少し気の強い女の子です。この麻衣子の50歳のお母さん、絹子がある日突然置手紙を残してヨーロッパ旅行に行ってしまいます。そのお母さんの旅行の真相を追求すべく、麻衣子は後を追います。ドイツに到着し、恋人のシギィと再会した麻衣子は、絹子が17歳年下の彼氏、長瀬と旅をしていることを知ります。長瀬と絹子は黒海から昇る朝日をみるべく、ドナウ川に沿ってルーマニアまで旅行をしようとしていました。

この物語は、麻衣子、シギィ、絹子、長瀬という異色のコンビ4人が、ドイツからルーマニアにかけて、7か月かけて3,000kmの旅をする話。長瀬とは一体何者なのか?長瀬と絹子はなぜ旅をすることになったのか?彼らの目的は何なのか?深い闇の真相が、この物語の中で少しずつ暴かれていきます。

上下巻に分かれている長い物語なので、小説の中にはたくさんの登場人物や街の描写、食事風景などが描かれます。それぞれの登場人物の心情、成長、葛藤が詳細に丁寧に描かれていて、旅の最後の方はそれぞれの人物に情が入ってしまいますね。

言葉も全く話せず世間知らずな絹子が物語の後半にかけて、とても大きな存在感を発揮するところも見どころ。また、不運な運命に巻き込まれてしまった長瀬の繊細さ、成長にも注目です。

そして一番の読みどころは、1980年代の西ヨーロッパが事細かに描かれていることでしょうか。この頃西ヨーロッパはまだ冷戦下で社会主義国であり、人々は貧しく、制限された生活を強いられています。やりようのない思いを抱えた、心がすさんでしまった登場人物もたくさん登場します。

ただ、4人に手を差し伸べてくれる、温かい登場人物もたくさん登場するんですね。見ず知らずの4人を家に泊めてくれたり、食事を食べさせてくれたり、尾田という男性に追いかけられているときも、家にかくまって尾田を追い払おうとしてくれたり。言葉は通じないけれど、とにかくたくさんの人の愛や勇気、親切心に支えられて4人は旅を続けていきます。

食事のシーンや背景の描写もとても豊かで、この時代に西ヨーロッパのことをここまで詳しく記載できる宮本輝のリサーチ力に深く関心しました。今は様子が大きく異なると思いますが、冷戦下の西ヨーロッパをよく知るための資料としても貴重な作品ではないでしょうか。

最後は麻衣子が、黒海から昇る朝日をドナウ川の河口 スリナから見るシーンで終わります。長い長い旅を経て麻衣子や長瀬の人生はどう変わっていくのでしょうか。それぞれの未来を想像するだけでもワクワクします。そしていつか私もドナウ川に沿って旅をしてみたい、そんなことを感じながら読み終えた作品でした。

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